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恵まれた時代の中で

平家の公達と呼ばれる平清盛の若い息子や孫の世代は、保元、平治という大きな大乱の経験もなく、武士が蔑まれていた時代の記憶がありません。育つ時は、平家一門が権力を上り詰める過程にあり、まさに右肩上がりで、今の恵まれた我々の世代に近いものがあります。ただ、清盛の子供たちの中でも重盛や基盛までは戦争に参加しており、宗盛や知盛らがいうなれば、戦後世代といわれる今の若者なのかもしれません。平家の若者は、武芸だけでなく、貴族の中で生きていくために、その時代の教養である、詩歌管弦の道に秀でる必要があり、皆一生懸命勉強し、一流になっていきました。そして、この教養を身につけていたからこそ、平家一門は最期まで美しく散っていくことが出来ました

今の時代はどうでしょうか。高度成長期は働いて、収入を得れば、テレビが、洗濯機が、冷蔵庫が買える等、目標がありました。ところが、今は働いても家計の助けになるだけで、これといった目標がないように思います。生活に必要なものはすべて家に揃っており、車でほとんどの家庭が持っている世の中で、働く意義、目標が失われているように思います。では、平家の若者の世代もほとんどのものが手に入り、贅を極めていました。では、何がいまの若者と違うのでしょうか。それはやはり教養だと思います

教養というのは何も頭がいいということではなく、何かの道に秀でていたり、バランス感覚の優れているということで、人としての魅力が備わっている、知識なども決して付け焼刃ではなく、その人の身となっていて、話す言葉もちゃんと咀嚼されていて自分の言葉で話しているのが伝わってくるのが、教養がある人ということだと思います

平家の人は亡くなった後も、多くの人が慕っています。それは、教養をもった平家の人たちが魅力に溢れ、好かれていたからだと思います

今の若い人たちはいろいろな面で大変です。情報化社会ですぐに差がわかってしまうし、恵まれているので何をしたら良いのか迷ってしまう、自分を持とうとしても人と違うと奇異な目で見られる、桶屋の子は桶屋ではなく、平等の名の下に皆同じと考えるようにしつけられている。若者にとっては生き抜くいのではと思ってしまいます

平家の若者たちは武家でありながら、貴族の文化も吸収しなければならず、大変だったはず。それでも、必至に向き合って、教養を身につけて、平家一門の担い手として成長し、期待されていました

経済的に恵まれているからと言って、本当に恵まれているかはわからないものです。今の若者にとっては、現代は逆に余計なことをたくさん考えなければならない生きにくい時代なのかもしれません

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